疑問に思う学校の教え方2

最近は学校の教え方も大分変わってきているようです。算数で私は千の位にコンマ , を入れますが、今は万の位の所に入れるそうです。もし本当なら間違った教えでは無いのかと思います。日本語では万の位にコンマを入れる方が理解しやすいとのことのようですが、理解しやすいのと社会で通用するのとは全く違うように思います。手形や小切手、領収書に万の位でコンマを入れた場合、一大事になりかねません。万の位でコンマを入れる事を教わった子供が商業科に進んだ場合混乱しないでしょうか。万の位で教わった子供が社会に出て領収書を書くとき指摘されないでしょうか。万の位でコンマを入れるのは日本だけでは無いでしょうか。グローバリズムと言いつつ日本だけで通用する方式を採用していないでしょうか。パイの数字も3.14を3で良いとして教え、計算が難しいからとの理由だったと思いますが、しかし後からまた元に戻しました。子供にとっては何でもが難しく思える場合もありますが、そこをキチンと教えるのが教師では無いでしょうか。安易な方向に走りすぎているように思います。子供が難しいと思う前に教師が教えることを放棄しているように感じます。教師自体が楽な方向に進みたいのでは無いでしょうか。コンマが千の位で入るのは英語などヨーロッパの影響かも知れませんが、それが世界で通用している以上、間違いを起こさせるような使い方は止めるべきでは無いでしょうか。最近の企業の検査データ改ざんなど日本基準で言えば間違いだが、外国に比べれば増しな方だ、位に思っていないだろうか。グローバリズムと言いつつ、いつしか日本だけで通用する基準を作っていないだろうか。悪いことに会社基準まで作ってしまっていないだろうか。何も私企業ばかりでは無く政府までもが自分基準を作り、間違いを指摘されてもだれも咎められない。下に厳しく、上に優しい、仲間内優先を採用していないだろうか。日本が日本基準を声高に言うようになったら、私は日本は危ない状況になりつつあると思います。日本人は一点集中できる国民性があると思います。また他人を顧みる良さもあるとおもいます。それが自分中心にしか思考を巡らせない様になったら、危険な方向に向かうのでは無いのかと苦慮します。日本人の美徳である思いやりの精神を大事にして欲しいと思います。その為には日本はもっと世界を素直に見て、接する必要があります。考えるだけではダメで外に出る勇気を持つことが大事では無いのかと思います。日本人だけに通用する会話は少なめにしましょう。