ハマスとイスラエルに思う

ハマスイスラエルが戦争状態になりました。私にとって中東情勢の理解は難しいと感じるのはなぜだろうか。思うままに並べると、1)歴史観イスラエル人は昔あの地域に住んでいました。いろいろな国からの侵略に会い、虐げられながらも生活していましたが、ある時離散することになりました。ユダヤ民族がその土地を離れた後、その土地に住んだのがアラブ系の人たちでした。祖国を奪われたユダヤ人はいつの日にか戻ろうとし、イギリスとの約束のもと今の土地に戻ることが出来ました。しかしながら、そこに暮らしていたアラブ系の人たちを追い出す形になりました。アラブ系の人たちにとっても、もはや祖国と言ってもよい程に時間が立っていました。ユダヤ人にとっては長年の夢であっただろうことは想像できますが、アラブ系の人たちにとっても我が土地と呼べるものであろうことも想像できます。この時間の経過をどう見たらよいのか判断できかねます。2)宗教観。イスラエルユダヤ教。アラブ系の人はイスラム教です。日本人にはなじみの薄い宗教です。なぜこれほどのいがみ合いをするのか理解できないほどです。そうかと思いきやユダヤ教キリスト教イスラム教を生む元となったと言われています。私は詳しくは分かりませんが、元の起こりに共通認識があるはずなのに、なぜだろうと思わざるを得ません。まだまだ文化が発展していない時代において、してはいけないことを禁止するために、禁忌(タブー)を設けたのは当然だと思いますが、そのことを未だに何も変えず頑なに守ろうとするのも不思議な気もします。日本人のもしかしたら悪い一面があるのかもしれませんが、殺し合いをするほどではないと感じてしまいます。3)世界の思惑。世界の主義主張に翻弄されているようにも見えます。アメリカ対ロシアなど資本主義対社会主義自由主義民族主義などなど。石油という天然資源に恵まれた地域と金融市場を取り合う形での覇権争いにも見えます。何故かしら大国足らんと欲望がむき出しになっているように感じます。翻って日本はどうかと考えてみると、仏教対神道も歴史的には対立がありましたが、今はお互いが尊重しあっているように思います。自由主義圏に属している日本は、それなりの圧力を受けているように感じますが、権利と義務を果たすことでうまく立ち振る舞いをこなしているように見受けられます。日本人にはその時代時代に合わせて生きていく能力があるように思います。その中で変えてもよいもの、変えてはいけないもの、を不思議な能力で峻別しているように感じます。私に限れば、日本の神様も仏教の仏様も、キリストの神様もイスラムの神様も、その他ほかの神様も大事な神様と思います。そこに区別はありません。宗教上大切な事に人を殺すことを薦めることはありません。勿論自衛権の行使など複雑な問題がありますが、宗教を理由とした殺しはありえないと思います。グローバリズムを理由に各国に先進国制度を押し付けるという横暴さは目に余るものがあります。そういう押し付けは残念ながら、今も昔も変わっていないように思います。生き残るためにそういう横暴に従うのか、反発するのか。民族主義を守って極貧に甘んじるのか。他人の主張を受け付けない者は、自分の主張も受け入れられないと思います。アメリカ対ロシアなど簡単な図式ではなくなりつつあります。中国など覇権を狙ってきている国、世界情勢の不安定化を模索する国がからんできているように思います。今回ハマスが何故無謀ともいえる侵攻を行ったのか、世界を敵に回す行動を行ったのか不思議です。ヒズボラが呼応しなかったことからロシア、イランは後ろ盾ではないように思います。サウジアラビアイスラエル、イランの関係改善はどちらだろうか。ハマス一人の考えだろうか。何故かしら明智光秀の反乱を思い出す私です。