上司の反芻

最近自分の頭で考えて発言しない上司が増えているように思います。私がある時、製品の不具合を注意して欲しいと上司に報告しました。その上司は、Aさんが製品の不具合を指摘しています。皆さん気を付けるように。この回答は100パーセント正解でしょうか。何故これが不具合なのか、何故不具合が起こったのか、何故これがいけないのか、など一切説明はありませんでした。私としては新人も含めて、滅多にしない仕事の工程での出来事ですから、班長含めて注意を促す事を期待したのですが、無駄でした。一度でもやったことのある仕事であれば、現物を見れば一目瞭然です。見れば普通の製品と比べて違いがあるのは解ります。では、なぜいけないのか。理由を知らない人は正規品とは違うから、と答えるでしょう。でもモノ作りはそれではいけないと思います。どこが不具合なのか。どの工程に問題があったのか。この不具合はその後どんな問題を引き起こすのか、など一連の流れを考える必要があると思います。製品の不具合をアッサリ見逃すということは、何もわかっていないと思います。私はそのことを注意して欲しいと思いましたが、何の意味もありませんでした。その製品のそこのところだけが問題だと捉えられ、しかもその製品を作った班長から白い目で見られる始末です。あたかも、何故俺に直接言わないのか、とでもいうように。上司の言葉で最近よく聞く文言に、Aさんがこう言っていました、というのがあります。一見何の変哲もない言葉ですが、注意喚起を促す場合、上司の責任回避を示す言葉のように私には感じられます。何か事が起こったら、Aさんが言っていました、私ではありません、のような返事が予想されます。全く嫌な言葉に聞こえます。コロナウイルス関連にこのような言葉遣いが聞こえてきます。専門家委員会がこう言っています。専門家がこう発言しています。私が言っているのではありません。という返事が聞こえてきます。部下から何か問題提起されたら、それを自分の中でよく斟酌もせず、部下の言葉通りに反芻するだけの上司が増えているように思います。しかも自分は関係ないんですけど、という言った本人に責任転嫁するような行為がまま見られます。これが若い社員が言った場合後で生意気な奴、社会のことが何もわかっていない、などと陰口をたたかれます。はてさてこういう上司はどう対処したらよいものでしょう。コロナウイルスでも終息した暁には言ったの言わない、のと責任転嫁が始まることのないようにしてもらいたいと思います。既にそういう話が出始めています。