菅総理に思う

菅総理は事務人のようです。組織の中の秩序を第一のように考えているようです。東京で働く人の4割は事務関係の仕事をしているのではないでしょうか。事務をしていると、5年もすればだれがやっても同じ仕事ができるようになります。その中で組織を維持するためには上下関係が大事になってきます。上下関係を維持するためには責任と義務、権利を大事にしなければなりません。昨今言われている正規社員、非正規社員の問題もこの事を考えると、一律に賃金水準を同じにはできません。確かに同一労働、同一賃金の考えは大切です。しかし責任と義務の関係を思うと簡単にはいかないと思います。正社員が非正規社員よりそのことをないがしろにしている場合は別として、正規、非正規社員の区別はあると思います。もし同一労働同一賃金のみを問題にすれば、逆に正社員は必要なくなるかもしれません。地方では正社員の人数を減らし、そこに下請け企業を入れて賃金上昇を抑えています。その様な製造業の様態に事務関係もなっていくのではないかと思います。今政治が問題視されているのはこの責任と義務と権利だろうと思います。コロナを制御する責任は政府にあるのか県知事にあるのか。コロナを蔓延させない義務は政府にあるのか国民にあるのか。コロナ下の行動を制限する権利は政府にあるのか社会にあるのか。菅総理はこれを事務人的な考えのもとに解決していこうとしているように思います。コロナを制御するための緊急事態宣言、蔓延防止は各県からの上奏と言う形です。蔓延を抑止するために国民には外出自粛要請をし、店舗には時短を要求します。法律を作ってまで強制力を持つまでに権利を拡充しました。現状はコロナ下にまだいます。社会の国民の行動が悪い、政府の指示に従わない義務違反と、どこか思っているふしはないだろうか。政府は県知事からの上奏には取り合うが、現場の声は都合の良いように解釈する。各諮問機関からの意見は聞くが、実行は時機を逸し責任を丸投げする。問題が解決しないのは各人の行動が間違っていると義務違反、責任転嫁をしていないだろうか。いつしか事務人の最も悪い態様を示し始めているように思います。仕事の流れ、各部署の役割、下から上の上下関係を第一と考えるあまり、そこから抜け出せなくなっているように思います。やることはやっていますが、残念ながら緊急時の対応ができない政府のようです。こういう事務人が増えました。朝の電車の本数を減らし、人流の抑制に一役買おうとでもしたようですが、連休明けの電車の本数を減らす馬鹿な行動をだれも止めなかったとは驚きです。上からのご意見は大事にするようです。恐らく下からの意見で、過剰な密が予測されるなどの意見はあったと思いますが、今までの経験などは無視するらしい。人流を抑制したいなら、朝ではなく夜の電車でしょう。路上飲みを抑制したいのなら、夜の歩行者天国道路を作り、デリバリーサービスを使って飲食店を助けたら良いと思います。コロナを自覚させるのに一番良い方策は、コロナ検査を増やす事です。厄介なのはコロナを発症していないがコロナ菌をもっている人です。この人たちに自覚を促し、自粛してもらうために検査を大幅に増やしてもらいたい。そうすれば自然と自粛をするようになると思います。強制力を持って自粛を促すのではなく、確信を持った行動変容を促してもらいたい。最近こういう事務人的な考えをする若者が増えたと思います。日本社会が安定していた事の現れでしょうが、今はこの安定に縋り付いているようにさえ思えます。責任のない所に義務はありません。ましてや権利などあるはずもない。